うろうろ日記

つまらないので読まない方がいいと思います

散文的日記

散文 - Wikipedia

 

思ったんですが

 

なんか、どんな些細なことでも個人情報に関わりそうなことをネットに放てないというネット特定恐怖症みたいなところが私にはあって、そうなると、ブログに書けそうなことなんていくらでもあるんだけど、特定恐怖症だからそれができないという節がある。

 

こんな世界の片隅中の片隅みたいな誰も見ていないようなブログだとしてもである。

 

だって2ちゃんとかさあ…(最近5ちゃんになったんだっけ?)

ほんのちょっとの不祥事や不適切な発言でも一般人を地獄の果てまで追い詰めるみたいなイメージがあって(怖いからあんまり見たことない)怖い

 

だから、近所にストーカー予備軍がいて遭遇するかもしれないから休日と夜は怖くて近所をうろつけないしもうランニングもできない(おわり感)といったことも書けない。(本当です)

 

引っ越したい

 

おそ松さん二期の最終回が今週ありました。

 

で、私は元からあんまり十四松が好きじゃないんですが、地獄を免除される理由を各々がプレゼンするシーンで「一番人気あるしあざーす」(適当)的なことを言ったときに「はあ???一番人気あるのはどう考えてもカラ松だろ勘違い野郎」と思いました。

 

あれ全員思い込みで的外れなこと言ってるのは明白なんだけど、一松の「自分がクズだって自覚してるから謙虚」みたいなのも思うところがあり

 

卑屈と謙虚ってそもそも全く別物だし、卑屈は謙虚どころかある種の傲慢ささえ孕んでいることは全人類肝に銘じておかなければならないと思う。

卑屈になるのはダメな自分を認めたくない永遠のループにはまっている状態で、それを受け入れて無暗に気に病まないことこそが謙虚になる道筋だ。

 

さらに卑屈な人は他人に対しても「自分はこんなダメ人間で…」と予防線を張りがちですが自分を否定しておけばそれが免罪符になると思って良くなろうとしないので、七つの大罪並の罪悪だと言っても過言ではない。

 

日本人は全ての人に謙虚さを求めがちだけど、そもそも謙虚ってそんなに必要か?というかむしろ害悪じゃないかと思う。謙虚に振る舞おうとすることは人を卑屈へと引きずり込もうとするから。実際傍から見れば卑屈に振る舞うことを謙虚だとして称賛している場合が多い気がする。

 

人生で謙虚さが必要な場合なんて、たとえばビックウェーブにノリノリに乗って絶好調なときとか何かを成し遂げたときに「これは自分の力だ!」と思い込まないこと、それだけだと思う。それ以外は全く必要ない。卑屈になっていくだけ。害悪。

 

だけど我々日本人なので、幸か不幸か日本人なので、対外的には戦略的に謙虚な振りをしていくべきですねと思います。

みんな賢いか弱気なのでほとんどの人はそうしてる。私は卑屈なので卑屈に振る舞っている。

 

別に日本ダメだ論に展開していきたいわけじゃないんですけど、ゆえに謙虚な振る舞いを求める日本ってファックだなと思います。

でも私自身、骨の髄まで残念日本人マインドが染みわたっているらしいので、謙虚さに欠ける他者を見ればめちゃくちゃ腹立つ。その自信と鼻を誰かへし折っておくれと思う。謙虚なんてファックだよなと概念レベルでは考えても、実際に人は謙虚であるべきだと思う。

 

残念日本人マインドといえば、私は骨の髄まで年功序列ババアなので、優秀な年下とか活躍している年下を見ると全員潰して存在を消したくなる。

小1から始まりエスカレーターのように新卒から社会人になることが正常なモデルで、一度でもどこかで踏み外したら終わりみたいな社会システムは息苦しいし大嫌いだけど、年下が自分より先にいったりするのも見たくないよなぁ。