うろうろ日記

つまらないので読まない方がいいと思います

日本の夏のウェイ系イベントに縁遠い件

夏も終わりに近づいて参りましたね

 

warabanshi-brown.hatenadiary.com

 

私のブログで最も読まれている記事です。

スターもブックマークもコメントも何もされないけど、アクセス総数はダントツで多い。無言の視線を浴び続けています。

 

全然使いこなせないGoogleアナリティクスを導入しているのですが、一度アナリティクスを見ていたとき、リアルタイムでこの記事のページに人がいるのを目撃したことがあります。

ネットを介して、月曜の夜に恋人がいない劣等感を憂いてこの記事を求めている人(知らんけど)が、この世界の片隅にいるんだ…

と、感激した。

 

はてなアクセス解析によると「恋人 いない」でググってこれに辿り着く人が結構いるみたい。私のブログでちょっとでも気が楽になる人が増えてくれれば、こんなに嬉しいことはないですね。

 

花火とか海はリア充限定イベントという暗黙の了解

 

本題に入ります。

私は少ないながらも本当に仲のいい(うわべじゃない)友達はいるのに、一緒に夏祭りとか花火とか海水浴とかに行ったことが、ここ数年ない。 

なんでかというと、一定以上の年齢になればそれらはグループで行くかカップルで行くかの二択しかないから。

そして私には仲良しグループがない(友達とは基本一対一でしか会わない)から。

さらに彼氏がいないという追い討ちがかかるとそれら夏のウェイ系イベントへの道は完全に閉ざされるわけだ。

 

でも、先述の記事

なんで日本では恋人がいないと劣等感を感じないといけないの? - うろうろ日記

にも登場した友人に「花火大会とかは友達と二人で行くにはハードル高いんだよね」と言うと

 

「えっ、、私○○(ルームメイトの女の子)と二人で花火とかめっちゃ行くけど」

と言いました。

 

そっか。。そもそも海外では花火大会やらを「リア充にのみ参加が許されたイベント」として捉えてないんだ。

もとはといえば大衆のための数少ない娯楽だったはずだよね?そうだよね?

 

なのに何故そんな楽しい花火大会に対ししみったれた陰険な感情を持たなければならないんだ…花火は悪くない。花火は何も悪くないのに。

 

「"日本の夏"の"ウェイ系イベント"としての花火大会に同性の友人と二人、、うーん違うな…ってなる」という説明もしたら彼女もニュアンスがわかったようです。

 

やっぱり日本人の無限自意識ループ地獄って異常すぎないか?

 

だって普段からは絶対着ないくせに花火とか夏祭りのときだけわざわざ浴衣着ちゃうじゃん。あれって完全に「人からかわいく見られたい」「インスタ映えしたい」っていう承認欲求100%濃縮行為でしかないでしょ。

だってそれ以外に浴衣のメリットって0じゃん。

着るの大変だし。

 

「別にそんなつもりないし、楽しいからそうするだけ。お前の僻み」

という声が聞こえてきそうですが、間違いなく承認欲求100%濃縮行為です。

それでも違うと言い張る奴は自覚できないか目を背けてるかのどっちか。

 

でもそんな自意識(承認欲求100%濃縮行為)が読み取れてしまって、「そうでない自分はつらい」という自意識を持ってしまって、さらにそんな自意識を捨てきれない自分はみっともないと思ってしまう…そんな自意識無限ループ地獄…

 

………

 

そもそものところ、「夏のイベントはリア充にのみ許される行為」そして「夏を楽しまないなんてありえない!」という空気を強要するのをやめましょう。

夏を過大評価しすぎ、それに必死すぎ。

 

夏は夏ってだけで楽しいからそれでいいじゃん。

気温が高いとテンションも上がる。あと蝉の声で夏を感じられて上がる。

蝉の声はマジでめっちゃ重要ですよ。

うるさいから嫌いって人も多いと思うけど、蝉の声が常に大音量で鳴っているからこそ夏は賑やかでいられる。

蝉は夏のエッセンシャル、賑わいのベース。

 

そんな環境の中、かき氷なりスイカなり食べれば、それだけでもう結構満喫したことになると思うんだけどなあ。

 

 

(途中まで共感したんだけど、結局僻みってことになってしまってるのが残念だな。。)