うろうろ日記

つまらないので読まない方がいいと思います

結婚を恋愛の延長線上にしか捉えられない不自然さ

ほとんどの人が恋愛を経て結婚するのはどうしてだろう。

恋愛と結婚って全く別物なんじゃないか?

わたしが感じてるこの違和感を伝えるのはちょっと難しい。いい例えがないかと考えるけど、一番最初に思いついたのが

「例えるなら、オオトビネズミをカンガルーと同一視するようなもの」

だった。

いやわかんねえよ!!!

オオトビネズミ、検索してもらえばわかると思うけど、砂漠のミッキーマウスとか言われています。

しかし私は小さい頃分厚い図鑑を眺めるのが好きな子供で、躍動感のあるオオトビネズミの絵を見たとき「なにこれカンガルー!」と思いました。ちっちゃいカンガルーそのものです。

でも、面白いことにカンガルーネズミっていうのもまた別種でいるんだよね!

いや絶対オオトビネズミの方がカンガルーでしょ!なにこれウケる!!(少なくとも学研の図鑑「動物」では圧倒的にオオトビネズミの方がカンガルー似だった)

 

話が逸れてしまった。

 

結婚っていうのは、夫婦が支え合って生活を共にするということで、そこに恋愛的要素は必要ない。たぶん結婚相手に必要なのは、その人のために一生奉仕してもいいと思える要素で、それはドキドキするとか甘酸っぱい恋心みたいなものとは関係ないんじゃないかと思う。

 

なのに、なんで結婚する前に付き合うことが当たり前の条件としてまかり通っているんだろう。

勿論少数派でもお見合いという方法はあって、お見合いをして両者の合意があってからの「結婚を前提とした交際」は理にかなっていると思う。相手をよく知るための準備期間みたいなものとして。

でもそれは恋愛とは根本的に違う気がする

 

そう考えると、結婚は人にもよるけど多くの場合人生に不可欠なものだと思う。

一人より二人の方が、お互いを補い合って生きていけるし。(それが必ずしも結婚でなくていいことは言うまでもない。三人でも四人でも、上手くいくならそういう共同生活があってもいいし)

 

でも、恋愛ってなんなんだ?なんのために存在してるの?

結婚という人生においての重要なシステムへ移行するための架け橋として捉えるならそれは大事かもしれないけれど、結婚と恋愛を分離して捉えると、恋愛の存在意義がどんどんわからなくなっていく。

 

人と深く関わる体験、人付き合いを学ぶため?

 

それ恋愛じゃなくてよくない?友達でも知り合いでも一緒にプロジェクトを推進する目メンバーでもなんでもよくない?

 

性欲解消のため?イチャイチャしたいから?

 

それセフレでもよくない?

 

少女漫画みたいにドキドキしたいから?キラキラした理想の青春を送りたいから?

 

そんなものそうそう存在しなくない?ていうかそれ…

アクセサリーなんじゃない??

 

冷静に考えれば恋愛って本当になんのためにあるのか、得体が知れない。

つまるところオオカミ少女と黒王子の佐田の有名な台詞「あいつらが好きなのは彼氏彼女がいてこんなに充実してる!っていう自分、相手のことなんて大して好きじゃねーよ」が真理なのではと

つまり友達とセフレが合体した都合の良い存在ということなのだ

それをセフレと呼んだり認識するのは、なんか露骨で世間体も悪いから恋愛という美化したイメージで覆っているんじゃないか…

 

まあ恋愛のことなんてろくろくわかっちゃいないおいらがえらそうに断言できることでもないけど…

ネットでよくある意中の異性を落とすテクニックの記事とか、女子向け雑誌の振る舞い方の指南とか、読むと

めんどくせーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

 

って白目を剥いて発狂しそうになる。

 

めんどくさいっていうか、めんどくさいと普通に嫌が半々みたいな、そんな感じ。

恋愛をしたがらないゆとりさとり世代とかよく言われているけど、

一万年だか何万年だかの人間の歴史上で、恋愛は実は無意味だということに初めて気づいた最先端の世代なんじゃないか?

見えなければ気まずさはゼロ

今日は朝から雨降りだった。

天候に関係なく駅まではどうしても自転車で行きたいので、私はレインコートを着て傘を持たず出かけた。

そして歩くときもそのままの激ダサな格好で傘を差さず歩いた。

 

レインコートを着たことのある人ならわかると思うんですけど、レインコートのフードってめちゃくちゃ扱いづらいんだよね。

風で脱げないように大抵は紐で調節できるようになってるけど、紐を引き絞ろうが脱げるときは脱げるし、さもなくば視界が遮られるし、例外なく顔面は濡れる。

 

で、歩いているときフードの紐を調節したら、大方の視界が消えて右目だけになりました。

私は相当な不同視で、左はそこそこ見えて右がかなり低めの視力です。

なので右目だけで見ると、景色がすごくぼんやりしている。

建物とか木とか人とかの判別はできるけど、人の顔は肌色の絵具で塗りつぶしたみたいになって、目鼻立ちなどまるでわからない。

 

だけど、その状態で歩いていると、世界が印象派の絵画みたいですごく心地いいことに気づきました。

(良いわけないけど。。ガチャ目とか不同視で検索してすごく気落ちしたばかりだけど。)

なんか、現実感がほどよく希薄になってきて、本当に気持ちいいんです。

はっきり見えないって、けっこういいもんだね。(良いわけ(ry

 

さらにすごい発見をしました。

すごく狭い道で人とすれ違っても、顔が全然見えないから全く気まずくない。

そうか、見えなければ気まずくないのか!

そこに人がいることはわかっても、位置関係まで見えてても、顔さえ見えなければ気まずくないのか。

 

でもやっぱり視力は上げたいので、視力トレーニング毎日やります。

 

不同視って、カッコよく言うと視力オッドアイかな。

厨二乙って言われるのが関の山だな。