うろうろ日記

つまらないので読まない方がいいと思います

Amazonで食料品を買うことを想像したとき

最近、生協を始めた。

食料品の買い出しの量が減るため、たいへん便利である。

しかし、記念すべき第一回で買ったポークソーセージがたいへんまずかった。

 

今までシャウエッセンしか食べたことがなかったので、世の中にこんなにまずいソーセージがあるのかと思った。今日日冷凍食品だって圧倒的クオリティーを誇っているのに。何を入れたらこんなにまずくなるのか?

 

従来のシャウエッセンならあっという間に消費してしまっていつも物足りなく思うのに、このソーセージはまずすぎてなかなか減らなかった。時折チャーハンやスープに悪夢のように顔を出す。

 

もしこれが生協ではなくAmazonだったら。

Amazonのトップページを開くだけで、おすすめ商品にこのソーセージが出てくるに違いない。考えただけでも腹が立つ。

 

アルゴリズムでおすすめを押し付けてくるシステムには本当に腹が立つ。それで恩恵を受けることはしばしばあるものの。Youtubeしかり、Apple Musicしかり。

あ、でも今週のMy New Music Mixはかつてなくストライクだった。成長したもんだ。

(何をえらそうに)

 

 

圧倒的Appleを前に跪くしかない無力な一凡人であること、とても悲しい。

 

itun.es

 

 

軽率に風邪を引いた

昨日と一昨日で二徹して、昨日の朝床で死んでいたとき、母に「睡眠不足だと風邪引くよ」と言われた。

その一言が呪いとなって(ひどい)、昨日の昼頃から喉が痛み始め、夜には鼻水も出てきて見事風邪を引いてしまったようだ。悔しい。

年末年始、インフルエンザにかかっていた。熱は数日で引いたものの、その後しばらくはずっと咳が止まらなかった。

だからこのタイミングでの風邪は早すぎるリバイバルといった感じで、あまりにも軽率だ。

今日は早く寝よう。もう1時近いから既に早くないけど。当社比ではまあまあ遅くはない。本を読みながら寝よう。

 

今読んでいる本は、子供にもわかる平易な文章のはずなのに支離滅裂なブッディストの本です。

 

itun.es

一度聴いた曲は二度と聴かない派なのに、最近妙に頭に残って何度も聴いてしまう。。

日本人の日本に対する自意識

いきなり真面目そうなタイトルが来ましたが、相変わらずの日常駄文日記です。

 

日本人の日本に対する自意識ってどうなってるんだろう?

「日本人の日本に対する」に限らず、自意識全般が、どうなってるんだろう?って思うし、とても興味深いなあといつも思っている。(ネットに自意識をやられた人間)

 

エストニアなんとやらが書いた「日本礼賛番組はこうして作られていた」みたいな記事が、数日前にはてなブログのトップページに出ていた。

まあ…言わんとすることはわかる。内容自体には賛成だ。ただ、この人自身何かを批判することで優越感に浸るタイプの意識高い系のかほりがプンプンしたので読んでて「う、うわぁぁ~」となった。しかもプロフ見ると学生らしいよね。意識高い系学生ほど信用ならないものはない。たかまつななくらい本物でないと信用できない。

 

時は流れ、今日のはてなブログトップ

 

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こんなん笑うわw

「日本SUGEEEEは良くないがこいつの日本disも大概」というコメントに対しちくりちくり嫌味を言ってるような内容だった。

「私の言ったことのどこが日本disなんですかねえ」

まず、その語尾にいちいちつける「ねえ」の「え」をやめろ!!!!

わざとなのかなんなのか知らんが、こんだけ煽ってくる文章書いたらそりゃ日本disととられてもしょうがない。日本礼賛番組の記事では「いい加減目が覚めましたか?」といった文で締めくくってた。

 

だいたい、海外に行って「日本は素晴らしいよね」なんて言い散らかす日本人はそんなにいるものだろうか。ちょっと、国内にいる日本人を馬鹿にしすぎだと思う。

 

それから、それとは別にこんなツイートがあった。

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一見なるほどと思ってしまう。でも、これに対する「何々教のアメリカ人と話したらあなたの神様も私たちの神が姿を変えて現れ…と言われたから日本に限らないかも」という引用RTも発見し、ハッとなる。この人は、日本に対するなんとなく悪いイメージでものを言っているな。

確かに日本人は宗教に無関心で、理解がない。一般的にそういうイメージはある。

でもそれはとてもふわふわしたもので、必ずしも日本だからこの場合こうなる、日本だけ、ってことはないのかもしれない。

 

日本の短所を知り、日本はすごいなどと思い込み傲慢にならないよう努める。

それは大事だけれど、謙虚を卑屈と取り違えて、自国のことを低く低く言って自虐で予防線を張る…それは全然違うのではないか。なんだか、気がつかない内にそういう路線に陥ることはとてもよくある。

 

結論っぽくまとめてしまったけど終わりではい。

前回の記事で最後に紹介した塩野七生のサイレントマイノリティという本に「外国ボケの弁明」という文章がある。

海外に出た日本人が陥る病を日本ボケ、外国ボケ、そしてカッコつきの「外国ボケ」

に分類して論じている。

雑にまとめると日本ボケは、祖国が恋しくなって暮らしている国の環境やら何やらなにもかもが嫌になり、なにもかもを日本と比べて日本の方が全てにおいて優れているという考えに陥ってしまうこと。

外国ボケはその逆で、海外に出て日本の様々の欠点に気付いてしまい、だから日本はダメなんだ、なにもかもダメだ、と日本はとにかく劣っているという考えに陥ってしまうこと。

最後の「外国ボケ」は、ボケというより正常な精神状態のことのようだ。(私はそういう風に読み取った) 日本は確かに外国に比べ劣っている、遅れていると認識し、しかし自分のいる外国は外国で色々と事情があり決して優れているともいえない。まあ、なかなかうまくいかないよね…という考えの持ち主のことだとか。

ただ、この「外国ボケ」でい続けることには強靭な精神力が必要で、なかなか難しいらしい。

ボケるという現象は、ある意味で、いやもしかしたら本質的な意味で、大変に幸福なことではないだろうか。誤った思いこみにしても、なにか完全に寄りかかれるものを持つということは、まずなによりも、気分の上でひどく楽な状態でいられることを指す。

本文より引用。これには同意せざるを得ない。

 

つまり何が言いたかったかというと、自意識ってなんか面白いよねってこと(強引)

 

 

itun.es

 

私は一体何を

大変春の陽気に心をやられる。

 

なんだ。ずっと寒さに身を低くしていた中で突然暖かい春独特の空気に変わられると、すごく終わりを感じてしまう。行かないで

しかも明日は寒いだと。ふざけるな

 

私はオタクを自称してきた。

元来、趣味にオープンなので、年寄臭いものも幼稚なものもオタクっぽいものもリア充っぽいものも、好きなものは好きだと公言していた。それから、円盤は買わないけどグッズにはお金を出すタイプで、しかも好きなものは身に着けたいタイプなので、アニメグッズも堂々と普段使いしている。

アクキーとかクリアファイルとか。

 

こんだけオタク感を出しといて、ツイッターのリア垢でもよくアニメ関連のツイートをしておいて、「オタクじゃない」と言い張るのはいかがなものかと思ったので、素直に(?)オタクを自称していた。

 

が、しかし。

私は別にそんなにオタクではない。

 

去年の暮の冬コミに行って、しみじみと感じた。

よくもまあ、推しカプや推しキャラへの愛を原動力に原稿を描き、同人誌を発行し、様々な段階を経て(よく知らないけど)コミケットなる大規模なイベントに参加できるものだ。そしてそれを事前にリサーチしてあちこちのサークルへ買いに行けるものだ。感心した。

私には全く、そんな情熱は無い。

正直、二次創作なんてピクシブツイッターで十分だ。

わずか20ページ足らずで500円前後なんてコスパの悪いもの、買ったところで一度しか読まないし、本当のところいらない。ただ記念品として買っているのと、棚が埋まるとちょっと嬉しかったりするっていうだけ。(単価が高いのは当然で、商業誌と同じ感覚で言うのはおかしいっていうのはわかってる)

 

同人活動に情熱を注ぐのはオタク度の一つの方向性でしかないから、それだけをもって「私はオタクでない」と決めつけるのは早計である気もする。

 

でも、それだけじゃなく、やっぱり私は中途半端だ。

 

だいたい、好きなアニメ(漫画)がワンピースとおそ松さんしかない。王道もいいところだった。

他に途中まで漫画を読んだものと、原作は未読だけどアニメだけ観たものがちらほら。その中でも面白いと思ったものは結構ある。でも、ハマりはしなかった。

 

そもそも、私は自然とオタクになったのではなく、なろうと思ってなった。

なんだか、周りからオタクだと誤解されがちだったからだ。

マイナスイメージであるオタクというレッテルだけ貼られて、オタクの楽しさや快楽を知らないというのは、とても損ではないかと思った。だからオタクになろうとした。

でも結局なれなかったようだ。

 

そうなると本当に、私は一体何をしているんだろう、という虚しさが残る。

 

オタクの楽しさや快楽をそんなに享受できていないのに、自らオタクであると触れまわっている…

 

今期も始まって一か月が経つけれど、一つもアニメを観ていない。

だってなんかめんどくさいんだもの。

テレビってものすごく不便なメディアだなぁ。一回見逃したらもう観れないなんて。

 

www.shinchosha.co.jp

最近読み終わった本も記録しておきます。

面白いんだけど、ところどころイラっとする。世の女代表して物申してる感じとか、色々。

 

 

 

itun.es

突然の俳句

秋深き隣は何をする人ぞ

 

秋でもないし深くもないけど、ちょっと書きたくなった。私の一番好きな俳句です。

きっと夜も更けた遅い時間なんだろうなぁ。

 

俳句といえば、種田山頭火も結構好きだ。全然詳しいわけではないけど。

中学生くらいの頃、国語の教科書に載ってた。

1ページに有名な俳人と句が何人か載って、正岡子規など(ほとんど覚えてないけどたぶん)が名を連ねている中、種田山頭火がいるわけだ。

 

いくたびも雪の深さを尋ねけり

 

どの子にも涼しく風の吹く日かな

 

分け入っても分け入っても青い山

 

突然のwww

自由律俳句というものらしいが、ギャグにしか見えなかった。決してディスっているわけではなく、良い意味で笑えた。他にもこんな句がある

 

うどん供えて母よわたくしもいただきまする

 

なかなかの破壊力だ。「いただきまする」の「る」が特に良い。うどん食べたくなってきた。

そのまんまの意味の句だと思っていたけど、こんな考察を見つけてちょっと感動した

http://inamasa.blogspot.jp/2010/07/blog-post_13.html

うどんを供えたつもりの山頭火がいつのまにか母になっていて、母が「お前もお食べ」という…しみじみ

 

でも、こんなものまだまだ序の口、さらにレベルの高い句がたくさんあったようだ!

自由すぎる俳人「種田山頭火」の俳句がもはや俳句じゃない件wwww - NAVER ま 

 

俳句についてググってたらこんな知恵袋が出てきて、タグに笑った

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話は変わり

プロコフィエフというロシアの作曲家がいます。(いました)私はクラシックではプロコフィエフが一番好きです。

ちなみに下の名前はセルゲイ。
ほぼ同時代のラフマニノフもセルゲイ。実はロシア人の大半はセルゲイなんじゃないかと密かに思っている。ヴィクトル・ニキフォロフの地元のリンクメイトにだって1人や2人のセルゲイがいたはずだ。
もはやセルヴィクという架空のさらに架空をいくカップリングで妄想さえできそうな気がする。
セルゲイにはそれくらいのリアリティがある。
 
話を戻してプロコフィエフだが、彼は子供の頃、毎晩寝る前母親にこんな質問をされていたらしい。
「今日、お前は何をしたの?」
幼きセルゲイがそれに答えると、
「お前はそれに満足しているの?」
 
………
つらい……
 
これを私に当てはめたらどうなるだろう。
「今日、お前は何をしたの?」
 
えっと…Apple Music聴いて、ご飯食べながらテレビ観て、ツムツムしました
 
「お前はそれに満足しているの?」
 
…………
 

朝帰りの体感時間が子供から大人になっていく

オールは楽しいが、朝家に帰るのはそれなりにつらい。

4時頃になると身体のしんどさに加えて外の寒さ、始発の遅さなんかも相まって疲労はピークに達する。家までの距離による違いも大きいが、朝帰りは総じてつらいものだと思う。お布団への憧憬は計り知れない。

 

しかし、最近思ったことがある。

朝帰りの体感時間、変わってきてないか?

朝帰りビギナーだった頃、家までの道程が果てしなく遠く思えたあの感覚は、気がつけばどこかへ行ってしまった。半分凍え半分眠りながら電車に揺られている時間は、体感としてはかなり短くなっていた。

子供の頃の一日の体感時間が大人になるにつれてどんどん短くなっていくように。

 

朝帰りの一番つらい時期を乗り越えたのだ、おめでとう私!

(でも、たぶん今回たまたま近かっただけ)

 

それから、酒を飲むと高音が出なくなることにも気づいた。気づくのが少し遅かった。

普段だったら余裕で出る曲で声が掠れる。普段だったらキー+3はする男性ボーカルの曲が原曲キーで歌えちゃったりする。

これはめちゃくちゃショックだった。私は酒が大好きだし、勿論カラオケも大好きだ。

そんな大好きな、あらゆる事象の中でトップレベルで好きな酒とカラオケが両立し得ないなんて。

ジーザス…

 

 

 

itun.es

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ベストオブキツネって何がキツネなのかわかんなかったけど、こんなに全曲良いっていうプレイリストは無いってくらい好きです。

 

汚い話

ネットに公開するのは若干憚られる題材かもしれませんが、トイレの話です。

トイレの流水音機能の話です。

 

気づいたんですが、流水音流しても聞こえちゃうじゃん、放尿音。

 

もしかして、今まで私が思っていた流水音の機能と本来の機能はそもそも違う?

放尿音を消すための流水音だと思ってたけど。

放尿音と共に鳴る音がある!ということが目的なのか?

 

シーンとしたところで話すのって、緊張して声が出ない。

でもある程度ザワザワした環境で話すと気が楽だし、いくぶん声の出も良い。

 

流水音もそれと同じなのかな?

 

シーンとしたところで用を足す音を鳴らすのはつらいけど、他に雑音があれば気兼ねなくできるということなのか。

確かに、気は楽になるかもしれない。

 

たぶん、もしこの二択の疑問を提示されても人は「どっちでもいい」と思うことだろう。

でも、流水音で消すことと紛らわすことは似て非なるものだ。

治療薬とただの痛み止めのようなものだ。全然違う。

 

 このプレイリスト、めちゃくちゃ良い!上質な癒しって感じ。

(なのにトイレの話題と同時に貼ってしまって忍びない)